織機の発展 (3)ジャカード織機
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ジャガード織機とはそもそもどのような織機でしょう。
ジャカード織機は19世紀のフランスでJoseph Marie Jacquardによって発明され、西陣織物組合から派遣された3名の若者がその機械と技術を西陣に持ち帰り、西陣より日本国内に広がりました。一番の特徴は織機のてっぺんにある部分です。ここで織の模様が自動的にコントロールされます。
どのような仕組みなのでしょうか?それは何千枚もぶら下がっているパンチカードの1枚1枚に文様の情報が詰まっています。
パンチカードは、ところどころに穴が開いています。この穴によって経糸の動きが制御されます。穴がない部分では、棒がカードに押し返され、それに連動するフック、綜絖、経糸が引き上げられます。一方、穴がある部分では、棒がそのまま通り抜けるため、フックは上がらず、その経糸は下のままになります。この仕組みによって、個々の糸を手で操作することなく、複雑な文様が自動的に織り上げられるのです。
パンチカードは、図案をみながら専用の機械で1つ1つ穴を開けていきます。このパンチカードは織の一列に1枚必要になりますので、複雑な模様を織るばあいは、カードが倉庫を埋め尽くすほどになったようです。ちなみに、ジャカード織機のパンチカードはプログラミングの元となりました。
西陣織は現在、つづれ織りを除き、主にジャカード織機によって織られています。ただし、パンチカードはデジタルに置き換えられ、シャトルも機械で動きます。元来着物と帯用でしたので、織ることのできる幅は40㎝~70㎝ぐらいと、グローバルな幅(洋服生地であれば120-140㎝)よりだいぶ狭いです。現在は140mを織れるものもあれば、緞帳などに使われる特別なものもありますが、まだ一般的には広くても90cmぐらいです。日本は90cm幅の生地が多く、服を作る人ならわかるでしょうが、ダブル幅に慣れているとなんとも使いにくいものです。
ちなみに、西陣織は絹織物ですが、綿織物の大革命はすでに産業革命のときに始まっています。産業革命が織物から始まったのは、生地というものがいかに人間の生活の基本にあって、それでいてその生産には大変な労力がかかる仕事であったからかもしれません。産業革命の初めのころに発明されたのが飛び杼です。ひゅっと飛ぶように杼が動き、あっという間に緯糸が通されます。そこから、100年も経たないうちに、それまで数千年、手間ひまかけて生み出されていた生地が、大量に生み出されるようになったのです。